清酒の品質向上を目指して、酒類総合研究所と日本酒造組合中央会が主催している「全国新酒鑑評会」。毎年、各蔵が技術の粋を集めた新酒を出品し、審査が行われます。出品酒の中でも、金賞を取りやすいと言われているスペックが「YK-35(Y:山田錦、K:9号酵母、35:精米歩合35%)」です。今でも多くの酒蔵で出品酒に採用されています。
そんな鑑評会において、埼玉県川越市で「鏡山」を醸す小江戸鏡山酒造と、JAいるま野さけ武蔵生産組合が埼玉県の酒造好適米「さけ武蔵」を使って挑戦を続け、5年越しに金賞を獲得しました。
さけ武蔵を使った日本酒の金賞受賞は業界初のこと。酒蔵と農家が協力し、数年がかりでその夢を実現した努力の軌跡を追いました。
一度は途絶えた銘酒「鏡山」の復活
前身である鏡山酒造が2000年に廃業し、一旦は消えてしまった川越の銘酒「鏡山」を有志が復活させるべく、小江戸鏡山酒造を立ち上げたのが2007年2月。コンパクトな酒蔵ながらも、その高品質な造りから瞬く間に人気蔵となりました。
2年目から現在に至るまで杜氏を務める柿沼和洋さんは、酒造りの技術向上につながるとして当初から全国新酒鑑評会に出品していました。努力が実り、初めて金賞を獲得したのは6年目の2014年。ただし、その時の酒米は兵庫県産山田錦でした。
「金賞を連続して取ることが目的なら、ずっと山田錦でよかったのかもしれません。しかし、それよりも新たな酒造りに挑戦し、できあがった一本を評価してもらう方がいいと思ったんです」と、五十嵐さんは話します。
五十嵐さんの意向を受けて柿沼杜氏は蔵人と話し合い、「埼玉が誇る酒造好適米のさけ武蔵を使って、真の埼玉地酒として評価してもらおう」と新たな目標を掲げました。
難航した「さけ武蔵」での挑戦
さけ武蔵は、埼玉県農林総合研究センター(現・農林技術研究センター)が2004年に開発した酒米です。それまで埼玉県の奨励品種であった若水を父に、改良八反流を母に交配して育成され、12年をかけて改良を施したもの。酒造適性に優れ、心白も大きいため、大吟醸酒にも向いているという前評判でした。
しかし、実際に使ってみると軟らかいために割れやすく、醪では米が溶けやすいため、味が多い酒になる傾向があることが判明。多くの酒蔵では、大吟醸酒にさけ武蔵を使うことは消極的になりました。
柿沼杜氏は「真の地酒を追求するにはさけ武蔵を使うべき」との考えから、さけ武蔵を積極的に採用してましたが、精米歩合40%よりも磨いて造るお酒については自信がなく、山田錦を使っていました。
さけ武蔵で全国新酒鑑評会に挑戦することを決めたものの、柿沼杜氏は難しさを感じていたといいます。
それでも、「農家が作ってくれた米の栽培にまで踏み込んで、あれこれ注文をつけるのは失礼。酒蔵が持っている技術を駆使して、与えられた米で金賞を狙うのが本筋だ」と考え、1年目は蔵の努力と工夫だけで挑戦しました。
2015年春に発表された結果は入賞。しかし、柿沼杜氏は「金賞に近い入賞ではなく、限りなく選出漏れに近い入賞と受け止めました。このままでは金賞は絶対に取れない。やはり、農家の協力が不可欠だと思いました」との結論に至ったそうです。
酒蔵と農家、二人三脚で金賞を目指す
小江戸鏡山酒造は、早くからさけ武蔵で純米酒を造っていたこともあり、農家の方々との付き合いがありました。そこで、柿沼杜氏は農家の方々に「さけ武蔵で史上初の金賞を取りたい。そのためには、皆さんの協力が必要です」と頭を下げました。
その当時のことを、JAいるま野さけ武蔵生産組合の山田英夫組合長は、「以前から柿沼杜氏とは知り合いでしたが、酒造りに対する情熱であふれていた。その熱心さに、心を動かされました」と振り返ります。
組合に参加する農家の多くが日本酒好きということもあり、「自分たちが作った米がうまい酒になるのなら協力する」として話がまとまりました。
さっそく、2015年の夏から柿沼杜氏は田んぼに入りました。小江戸鏡山酒造から農家に求めることはいくつかありましたが、分かりやすい目標として「精米時に割れにくい米」を掲げました。
「割れて砕けた米が多いと、麹造りが非常に難しくなります。不揃いだと、麹の菌糸が米の内部まで食い込む破精込みにばらつきが出て、品格のある甘味と美しい香りの調和が求められる出品酒向けの麹にはならない」と、柿沼杜氏は話します。
その年は栽培の現場を見ながら、それぞれの田んぼから収穫されたさけ武蔵の品質を分析し、データ化することに注力しました。
「どの農家の米が優れていたのかが一覧表で見えてしまうので、嫌がる人も出てくるかもしれない」と柿沼杜氏は心配していたそう。ですが、山田組合長は「これまで細かくデータを分析することはありませんでした。実際にデータが出てくると、来年に向けてなにが必要なのかがわかるし、仲間同士で意見交換もできるので、むしろ励みになりました」と、前向きに捉えていました。
2016年からは、田植えと刈り取りの時期、肥料の量や入れるタイミング、田んぼの周辺に生えた草の刈り取り具合などを検討しながら、修正を加えていきました。翌年の2017年夏には、農家がより綿密に情報交換を図るため、JAいるま野さけ武蔵生産組合が結成されました。
その年に収穫されたさけ武蔵で出品した、2018年5月の全国新酒鑑評会では3年ぶりに入賞。柿沼杜氏は「米が良くなり、手ごたえは十分にありました。方向性は間違っていないので、このまま努力すれば金賞が取れるはず」と感じたそうです。
「さけ武蔵」で業界初となる金賞を受賞
そして2019年。結果は、柿沼さんの予想通りに。
2019年5月17日に全国新酒鑑評会の結果が発表され、「さけ武蔵で造った日本酒が業界初となる金賞を受賞」というニュースが埼玉県内を駆け巡りました。
普段は日本酒への関心が薄い人たちも地域おこしの成功例として注目し、金賞を取った「鏡山」は注文が殺到したそう。7月末には川越市内で関係者が集まる祝勝会が開かれ、金賞酒で高らかに乾杯する声が響きました。
「まだやり残したことがあるので、来年もさけ武蔵で出品します」と話す柿沼杜氏。より良いさけ武蔵を作るために、生産組合の農家も会議や講習会などを開き、2年連続の金賞受賞に向けて努力を続けています。
地域ごとの環境に合った酒米を開発する動きが盛んですが、今回のように酒蔵と農家が力を合わせる事例が増えていくことでしょう。
今後の取り組みにも、期待が高まります。
(取材・文/空太郎)